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2012年3月

2012年3月28日 (水)

暫定規制値の改定に備えて騙されないように再確認。

飲食品の暫定規制値が4月から改定されるということで、とっくに決まっていたことなのに、急に出てきた話かのようにテレビでは話題になってきました。しかし、この1年、全く何を見てきたのか、と言いたくなる酷い解説と印象操作。

暫定規制値の意味を再確認し、詭弁に騙されないように注意したいところです。

食品の放射能汚染を注視している方々の中にも、未だに勘違いしている人が多い、暫定規制値の意味をシンプルに考えてみましょう。

まず、言葉の問題ですが、当初「暫定規制値」なのか「暫定基準値」なのか、官僚の作った文書でも多少ぶれがあったのですが、政治家は「規制値」で統一されていて、テレビでは民放は「規制値」と表示するのが普通になってきました。しかし、相変わらずNHKだけは、「基準値」の方を使っています。

僕はツイッターで何度も言ってきましたが、これは重要な問題だと思っています。

言葉というものは、表面的な意味だけではなく、裏に込められた思惑までなんとなく人に伝わってしまうものです。何がそんなに違うんだ、と思うかたもおられるでしょうが、
「基準」という言葉を使うと、なんとなく安全基準、つまりその数値より下なら安全であることが確認されているように感じてしまうのではないでしょうか。

政治家は、最初から全く安全を保障してなどいないのです。

規制をかけると言っているだけなのです。

だから必ず、「暫定規制値」という言葉を使わなければなりません。

僕はとあるNHKアナウンサーに、ツイッターでこれについて質問しました。どうして本当は規制値なのに、NHKでは基準値と言うのですか?と。すると、返事はもらえませんでしたが、フォローしてくれました。

*

さて本題に入ります。

以下は例え話です。設定や数字は、あくまで架空の設定であり、どこかに同じ状況があることを表しているものではありませんので、ご了承ください。

*

まず、ある人が、とある小部屋に閉じ込められたとします。外には出られません。
その部屋には、4つのコップがあり、そのうち3つに水が入れてありました。

Water01

既に長い時間、何も口にしておらず、今、水を飲まなければ、一週間後に死んでしまう、という状態になっています。はたしてこの水は、飲んで大丈夫なものなのか。

Water02

コップをよく見ると、なにやら注意書きがあります。

「これらの水の一部は、ある毒物によって汚染されています」

そして、コップ一つひとつにもなにか書いてあります。

Water03

A:汚染なし
B:5日で死ぬ
C:10日で死ぬ
D:(空なので、飲まないことになるので、7日で死ぬ)

このような状況で、もちろん表示を信じるとしたら、誰が考えてもAの水を飲むことでしょう。

では、もし、Aの水が手に入らないとしたら…

Water04

残りの3つを、長生きできる順番に並べると…

C:10日で死ぬ
D:飲まないので7日で死ぬ
B:5日で死ぬ

ということになります。

これを、暫定規制値を決めて規制をかけるとしたら、飲まないよりも早く死ぬ、Bのみに規制をかけることになります。しかし、Cが安全ということにはなりません。


これが暫定規制値の運用の仕方と性質です。

実際の規制値が、時間がたつにつれて厳しくなっていくのは、汚染度が下がっていった場合に、上記の例で言えば、20日で死ぬ水が手に入るようになるなら、10日で死ぬ水はもう飲まないほうがいいことになる、ということになるわけです。

つまり、暫定規制値というものは、最初から"安全な数値"ではなく、"飢え死によりましな数値"なので、状況に応じて変化するのです。

だってそうでしょ?

最初500だったものが、数ヵ月後に100になったら、その間の数値はいったいなんなの?
人体に影響がない数値だったら、どうして下がるの?

そういったことから、暫定規制値以下であること自体を安全基準には出来ないので、それだけでその食物を避けることを風評と言ってはいけないのです。

もちろん、風評被害がないとは言いません。しかし、規制値以下なら安全なのに…という話をしていたら、その人は、理解していないか騙そうとしているかのどちらかということになります。

以上のように、暫定規制値とは、消費者の安全面から考えるべきことであって、決して生産者の経済面から考えるべきことではないのです。

生産者の収入を守るために、消費者が身体を差し出す。どう考えてもおかしな行為でしょ?

お金で解決できることはお金ですればいいのです。

そして、取り返しつかない土地の汚染や先祖代々の伝統などは、消費者が食べても救えないのです。

街頭募金にお金がかかる?

2012年3月27日(火)のテレビ朝日モーニングバードにて、聞き捨てならない話題があったので、取り急ぎ簡単に報告します。

※原発とか放射能とか瓦礫の話題ではありません。

◆以下番組紹介◆

先週木曜、都内で開かれた震災の復興イベント「赤十字ボランティア復興支援イベント」

ここに、一年前に同番組で取材した学生たちがボランティアで参加していた。前回の取材の後、活動を続けていたのかと思ったら、予想外の返答が返ってきた。

【東京都青年学生赤十字奉仕団 神作 亜友美さん(20)】

神作「東日本大震災の募金は、あの4月1日1回だけだったんですよ」

Img_0587

神作「許可をとるのにお金も必要だったりとか…」

80人もの学生ボランティアが参加した募金活動。

Img_0588

7箇所に分かれて行ったのだが、実は、場所の確保に経費がかかっていた。

Img_0589

道路の使用許可を取るための手数料が、一箇所につき2100円

7箇所だと1万4700円。

彼女達の一年間の経費は1万5千円。最初の募金活動で、ほぼ使い果たしてしまったのだ。

【東京都青年学生赤十字奉仕団 寺田 瑞穂さん(21)】

寺田「集まった義援金から手数料とかを引くわけにはいかないので、自分達でお金をだしてやるか、やらないか」

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寺田「あまり負担が大きくなると、それはやっぱりボランティアとはちょっと違ってくると思うので…」

◇VTRを受けてスタジオ。

羽鳥慎一「これ…ま、しょうがないんですかねぇ」

Img_0591

舘野晴彦(幻冬舎、月刊「ゲーテ」編集長)

舘野「いや、しょうがなくないでしょう。腹立たしいですよね。臨機応変にしましょうよってことですよね。その2千いくらもらってどうするの?っていう話ですよねぇ」

羽鳥「ちゃんとわかってるんですもんね」

舘野「誠実にやってる人が、その心を持ってやろうとしていることが出来なくなるわけですもんねぇ」

◆番組紹介以上◆

募金活動するのに道路使用許可が必要なのはまあいいとして、その申請に2100円もかかる。しかも手数料というなんという情けない料金!

ちょっと待て! 道路は税金で作り、地方自治体も警察も税金で動いてるだろ!職員の給料もだ。そこからさらに手数料を奪い取るって、いったいどういう了見だ!!
道路は本来交通のために作られたもので、交通以外の利用をするには申請が必要だということなのだが、だからってなんで申請に手数料を取るんだよ!しかも、2100円って!

現在の東京都の最低賃金が時間額837円。その2.5倍だぞ!

しかも、募金でそんなに取られるなんて。その箱にどんな思いでお金を入れてると思ってるんだ!余ってるから捨ててるんじゃないぞ!!!

2012年3月26日 (月)

ツイッター・デモに参加して、思ったこと。

2012年3月25日。
「TwitNoNukes 反原発デモ@渋谷・原宿」に行ってきました。

金曜から具合悪くて昨日もちょっと良くなかったので無理かと思ってたら、朝、そこそこ良くなってたので行けました。そういうことツイートするから余計な心配かけてしまってすみませんでした。でも、皆さんの優しさが嬉しかったです。

さて、この通称ツイッター・デモというのは、特定の政党や団体によるものではなく、ツイッターでの個人の呼びかけをきっかけにはじまったもので、僕が今まで参加してきたデモとはちょっと違いました。
とはいえ、デモVIPたち(いろんなところに参加して目立ってる人たちのこと)も結構いました。

では軽く写真を紹介。

Tnn01

宮下公園から出るとすぐに、リニューアル中に原発事故が起きて閉館せざるをえなくなった電力館があります。東京電力渋谷支社も。東電って、本社は"本店"なのに支社なんだね。

Tnn02

Tnn03

休日の渋谷のど真ん中を突っ切るわけですから、人はいっぱいいます。

Tnn04

静止画でも賑やかな雰囲気が感じられま…せんかね?

今回は、静止画はあまり撮らず、動画をいっぱい撮ってきました。参加しながらなので、正直あまり面白くない映像かと思いますが、まだ参加したことのない方に見てもらって、参加者からの目線を知ってもらえたらいいな、と思っています。デモ隊から見た街の風景で、15分もあります。はい、長いですね… まあ、ちょっとでもいいので見てもらえたら幸いです。

僕はあんまり数多くデモに参加してないのですが、今までは旧タイプ、というか基本形というか、シュプレヒコール中心のものが多かったのですね。大規模なデモは色んな方々が参加しますので、加わった場所によってタイプが変わりますが、今回初参加したツイッター・デモは、それほど大規模じゃないし、全体的に音を立ててにぎやかな雰囲気だったようです。
今まで参加したデモと比べて、沿道の反応が好意的なように感じたのは、やはり人が多く派手な街に、騒がしく賑やかなデモは似合うのでしょうか。飛び入りもいたようで、これは、ドイツなどの大人数が参加するデモに、もしかしたら一番近い形なのではないか、と思いました。
ツイッター・デモは、日本全国各地に飛び火していってます。

いちいち報道してくれりゃいいのに…

未だ事故収束せず、新たに放射性物質が飛散し続けている最中、再稼働を目論む権力者達の横暴は勢いを増しているように感じます。そんな状況でも、興味が無い、どうでもいい、あるいは再稼働すべき、また、反原発がうざい、安全なのにデマで煽るな、という人たちなどには、いくらここで書いても声は届きません。

僕が今から書くことは、脱原発、反原発の人で、まだデモに参加したことがない人に向けています。

一度でもいいからデモに参加してみませんか?

「ネットで書いてるだけじゃ駄目だ、デモに来い!」

とおっしゃる方もおられますが、うん、そういう人を否定はしませんが、僕は少し考えが違います。

ネットで書くだけでも価値はあると思うからです。

人にはそれぞれ事情もあるし、特性、主義、得意不得意などなど…様々な要素がありますので、強制する、あるいは、そうしないと駄目だ!というのは違うと僕は思います。

かくいう僕だって、デモに参加するようなタイプの人間じゃないのです。

インドア派、というか、人間観察は大好きだけど人付き合いはめちゃくちゃ苦手だし、声を出したりこぶしを突き上げたり、そういのが大の苦手な僕にとっては、初めに参加した2回は本当に苦痛でした。
でも、多くの人が参加してるっていうのに、事故前から危険性を知っていた僕が参加しないのは申し訳ないし、お金も能力も人脈もないけど、「1人」という頭数だけでも役に立てれば…と思い、苦しい思いをしながら苦行の気持ちで参加したものです。

後に、誘われた、ざまみやさんの集まりで知り合いが出来、おかげでとても気楽に参加することが出来るようになりました。いまのところは。

それでも僕は「場」がないと話しかけられないので、知り合いのいないデモではきっとやっぱり苦痛になると思います。きっとツイッターで知ってる人はいるんでしょうけどね。
僕のような奴は、どうしたら気楽に、また来たいと思うように出来るのでしょうね。さっぱりわかりません。

また、運営は色々大変だけど、デモに参加する人は電車代とかしかかからないから何で参加しないの?という発言を見たこともあります。

僕は電車代をそんなに気軽に出せる身分ではありません。

この日だって、少しでも交通費を安くすませようと、デモの前後で往復2時間20分の道のりを歩いているのです。電車代くらい出せるだろう、というのは無意識のうちに差別していると思います。

想像してください。

貴方にとってたやすいことが、他人にとっては大変困難なことかもしれないということを。

それでも僕は言いたい。

これからも僕はそんなに沢山のデモには参加できないでしょう。

頼みます。

もし、可能であれば。

もし、嫌でなければ。

もし、少しでもそういう気持ちになったら。

デモに参加してみてはもらえませんでしょうか?

日本の人口から考えたら、まだまだ参加人数が少なすぎます。

あのドイツ、
大事故を起こしたことがないドイツで、
原発を廃止することが決定したドイツで、
日本より4000万人以上人口が少ないドイツで、
3月11日に、5万人も集まったのですよ?

大事故が起きて、まだ終わってないうえに、汚染を全国に広げようとしている日本で、どうしてたったの10万人も集まらない?!

沿道から応援するんでもいいです。とても嬉しいものですから。
人に伝えるだけでもいいです。
最初はそんなところからでいいです。

そして

少しでも可能性があったら、参加してみて下さい。

お願いします。

2012年3月23日 (金)

がれき受け入れに対する最終処分場の声を聞け

がれきの広域処理について、被災地と、受け入れ自治体の広範囲の意見の対立が目立ってますが、本当の処分場の近隣の声、というのは案外知らせれていません。

2012年3月22日に放送されたNHKの番組を紹介します。

持論公論「がれき受け入れ“拒否”の理由」

松本浩司 解説委員 災害・社会問題担当

※今回は詳細な文字起こしではありません。

◆◆◆開始◆◆◆

震災がれきの広域処理が、国が新たな対策を打ち出したことで受け入れを表明する自治体が増え始めたが、市長や議会が決断しても、地元の住民との話し合いはこれからで、特に最終処分場周辺の住民の抵抗感は小さくない。

広域処理は、新たな財政支援が示されたことなどで、受け入れ、あるいはその見当を始めた自治体が増え始め、NHKのまとめで70を超え、先月末に比べて2倍。

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神奈川県の黒岩知事は、昨年12月、地元の理解を前提に横須賀市にある県の産業廃棄物の最終処分場で焼却灰を受け入れないという考えを示した。

しかし、処分場のある横須賀市大楠地区の住民が反発し、先月、知事に計画を撤回するよう求めたところ、全国から批判が殺到し、横須賀市に寄せられた非難や苦情は100件を超えた。

市がまとめた2日分のメールの抜粋。

Mail

平成24年2月22日(水)のメール抜粋(要旨)

○横須賀市民は日本中の笑いものになるだろう。
○横須賀市民は、自分だけ良ければいい醜い根性の人間ばっかりなのか。
○横須賀市民は、血も涙もない市民だ。
○横須賀市民の血はどす黒い冷たい血なのでしょうね。
○醜い市民ですね。大嫌いになった。
○情け無い奴らめ、恥を知れ!
○東北・新潟の原子力発電所の電気を使う資格なし!
○電気の恩恵を受けていながら、横須賀市の都合で拒否するとは理解できない。
○近々起こるだろう東海地震で全滅しようが、義捐金も出す気になれない。
○そんなに放射能が嫌なら、横須賀を離れて、西日本方面へ引っ越せ。
○私は日本国民で、がれき処理は大賛成だ。反対する君たちは非国民だ。
○市長は、だらしのない活力に欠けた人なのか。
○反対派を説得する知恵も情熱も持ち合わせていない方が市政を担っていることが恥ずかしい。
○反対するだけなら「猿」にもできる。
○一部の反対運動団体の圧力に屈しているのか。
○横須賀市が同様被害に遭った時には、日本中の都市から見放されるだろう。
○地震・津波などがあっても、横須賀市の態度を忘れないぞ。
○(東海地震?)で横須賀市が被災したとき、身勝手な横須賀市民を助けるか。

平成24年2月23日(木)のメール抜粋(要旨)

○今被災地が支援してもらいたいのは言葉ではなく、少しのがれき受け入れかもしれない。国民、市民に理解してもらえるような市長の動きに期待。
○いろいろ困難な事情はあるだろうが、大局的な見地に立ち、被災地支援に協力されることを切望する。
○今一度、日本人として何をすべきか考えて住民への説得努力をお願いする。
○がれき受け入れによる「風評被害」どころか、横須賀は全市をあげて冷淡で身勝手なところとの「風評」が広まってしまったのではないか。
○「市長 受け入れに拒否」と、横須賀が一方的に悪者になっている。マスコミ報道に抗議した方がよい。

地元町内会の役員達の家にも同様の電話が相次いだ。


大楠地区は、農漁業が盛んで、ベッドタウンでもある。

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この地区には、自分だけが良ければ良いどころか、誰もが嫌がる施設を受け入れてきた歴史があった。

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昭和51年に横須賀市のゴミ埋め立て場を受け入れた。
当時は処理が不十分で、汚染された黒い水が流れ出したり、カラスやハエが大量に発生するなど深刻な環境汚染に苦しんできた。

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ゴミの受け入れは当初10年間だけという約束でしたが、結局22年間に及んだ。

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それが終わると今度は県の産業廃棄物処分場を引き受けさせられた。

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それが今回焼却灰の受け入れが検討されている施設。
この施設の受け入れをめぐって当時、地区は反対と受け入れやむなしの2つの派に分かれて激しく対立し、その傷跡を今も引きずっている。

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さらに現在市が新たなゴミ焼却施設を作りたいと提案し、受け入れる方向になっている。

大楠地区の住民は、ゴミ処理施設をめぐるゴタゴタだけはもうこりごり。

*

 

産業廃棄物処分場を受け入れた際、地元は県と協定書を結んでいた。

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この中に、受け入れる廃棄物は県内から出されたものに限定すると言う約束と、協定の内容を変更しようとするときは、速やかに県と地元で協議を行うという約束がある。地元としては、一旦引き受けると既成事実として負担が増大していった経験から、歯止めとして設けた。

今回この約束がないがしろにされた。

黒岩知事は、去年5月に一旦受け入れの方針を示したが、この時も、12月に改めて表明した時も、県から大楠地区に事前の相談はなかった。

町内会長や自治会長たちは憤慨したが、それでも被災地の窮状に心を痛めていたため、県が開いた説明会に足を運んだ。
町内会長などは、知事と大楠地区の人たちだけで話し合いたいと希望してたが、他の地区や市外からも大勢の人がつめかけたため、肝心の地元町内会長たちが会場に入れなかった。
遠くからやってきた反原発や政治活動のグループが、知事の説明や質疑応答に野次や怒号を浴びせ地元の人たちが静止してもおさまらなかった。

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持ち込まれる焼却灰の安全性の根拠や処分場の敷地にある活断層への備えなどについて、知事や担当者から納得のいく説明を聞くことはできなかった。

混乱と説明不足のうちに終わり、まずは知事の話を聞いてみようじゃないかといって参加した町内会長たちは、終わったときには全員受け入れ反対で気持ちが固まっていた。

さらにこの2日後の黒岩知事の記者会見で、地元の人たちを批判したと受け取れる発言があったため町内会の役員たちは、話し合いの窓口は残しながらも一気に受け入れ拒否という結論に至った。

昨日黒岩知事に話を聞いた。

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県・これまでの案を撤回し、新案取りまとめへ
地元の人たちに対して「すべてのことをお詫びしたうえで、丁寧に説明したい」

国は、安全基準について、法律に基づいた告示として近く分かりやすく示したいとしている。

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さらに、住民への分かりやすい説明のしかたについても、国がもっと知恵を絞って自治体に助言をして、国自信ももっと全面に出る必要がある。国は、以前よりは自らの責任を明確にしているが、自治体側は風評被害が出てしまった場合の対応などの責任をもっと具体的に示してほしいと求めている。

国の権限をもっと強化するべきだという意見もあるが、受け入れ側の地元の人の多くが納得しないまま進めるようなことになれば、地域に深い傷を残すことにもなりかねない。


◆以上◆

受け入れ地元の声、というものはあまり聞けないので、その点で貴重な番組だったと思います。

がれき受け入れ拒否に対する苦情メールを読むと、大変冷酷な言葉が並んでいます。はっきり言って脅迫です。
がれき受け入れる人は心優しく、拒否する人は冷たい、と批判されますが、このメールの文を読んで、どう感じるでしょうか。

番組は、大前提として、瓦礫は安全に処理されるということで話を進めているので、色々納得いかない部分があります。

例えば、さらっと映ったこの画像。

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地域への拡散や内部被曝の問題もあるというのに、一切漏れないことを前提にしている。しかも、100ベクレルというのは事故前のクリアランスレベルであり、現在政府が定めた基準は8000ベクレル。いったい何の話をしているのだろうか。ここでは100を維持するというのだろうか。

反原発活動家の妨害のせいで説明会が混乱した、と暗に批判的に言っているが、ではなぜ地元町内会長らは、説明会がきっかけで拒否という結論に至ったのか。聞き流してると気付きませんが、何を言ってるのかよくわかりません。

そして、今後の対策としても、風評被害についての責任は求めているが、それよりも重大な「実害」については一切言及していない。

つまりこれこそが信用されない最大の要因なのだ。

できない約束はしない。

責任回避のためにはこれが最重要です。

つまり、言及しないことは絶対に責任取らないという意味なのです。

2012年3月22日 (木)

朝日新聞社世論調査。原発の再稼働に… 男性:賛成41%

3/18 TBSサンデーモーニング
法政大学教授 田中優子さんが言ってくれました。
201232294039

*

201232294032

【原発の再稼働に…(朝日新聞社世論調査より)】
男性:賛成41% 反対47%
女性:賛成15% 反対67%

橋谷能理子キャスター
「このような世論調査があるんですが、原発の再稼働に対して、賛成反対、男性は、あまり変わりがないわけなんですが、女性は圧倒的に反対が多くなっているんですね」

関口宏
「田中優子さん」

田中優子
「男性の明確な反対47%ってことは男性の半分以上は賛成ってことですよね。でこれあのー、日本列島って0.3%しか、表面積がなくってしかもそこに10%の地震が集中していて活動期に入っていて、でこんな高リスクで高コストのものはないということはもうわかっている。で、それに対して再稼働賛成って言える、というのは、私は今の日本の男性の半分以上が、冷静な判断力を欠いていると、合理的な判断力ができ、判断力を持ってないというふうに思いますね。で、私はその再稼働を、させないというのは次の世代に対する今の最低限の責任だと思うんですよ。ですからそういう責任感も、日本の男性の半分以上が持っていないということに、やっぱりそうだったのかというふうには思いますが、でもはっきり出てきて…」

関口
「でもどうでしょう、なんか、自分の仕事とか家族とか養うってこと考えると、男ってこういう感じになるのかなって…」

田中
「女性も、自分の家族をちゃんと支えて養っていくわけですね」

関口
「そこの養いかたの違いなんですよ」

田中
「でも長期的に女性は見ているんですよ。次の世代、子供達がどうするのかっていう、責任感がないとしか思えないですねこの賛成の方達」

※注
関口宏さんは、男性を擁護しているわけじゃなくて、彼も再稼働なんて信じられないという意見です。どうして男性がこう答えたか、を考察しているのです。

2012年3月21日 (水)

経産省でスピーチしてきたこと。多くの人に問いたいこと。

19日に、ストレステストの意見聴取会に対する抗議行動で経産省に行ってきました。
経産省には初めて行ったし、最寄り駅からじゃなかったので少々迷ってたのですが、スピーチする声が聴こえたので、それを頼りに行きました。

僕はここのところ、瓦礫拡散のことで頭がいっぱいで、もし、直接声を届ける機会があったら言いたい、ということを頭にまとめていました。しかし、川崎ではそういう機会に恵まれなかった。そして、よく考えたら、原発の再稼働に対しても同じことが言えるなー、って思ったので、スピーチしてきました。

結局緊張してあまり上手く喋れなかったんですけど、これは、経産省・保安院を初めとする原発推進者だけじゃなく、一般人の、原発利用賛成派や、稼働してもしょうがないと思ってる人、興味もない人たちに言いたいことで、もし身近にそういう人がいたら、一度このような言い方で聴いてみて欲しい、と思っています。


◆◆◆以下、スピーチ。多少整形済み◆◆◆

ここに並んでる人たちには言う必要ないことですけども、あとネットで見ている方もいますし、そこら辺を、こう前を通っている方々にも聞かせたいんですけども、

おそらく、原発の事故の、被害だけ、あの事故の惨状だけを見て、原発が必要かどうかと問われたら、全員が必要ないと答えるんじゃないかと思います。

しかし、電気が足りないとか、経済が大変なことになるとか、そういう余計な、余計な知識を入れられて、みんな迷ったり、もう、考えたくなくなったりしてるような気がします。
で、それは、実際に進めてる、経産省の人たち、保安院の人たちも、そうなんではないかと僕は思ってます。

あのー、お金とか、その経済とか、そういう電気が足りる足りないとかいうことを1回置いて、まず、1度、じっくり思い出してみてください、福島で何が起きたのか。

で、それによって、あのー、間接的にでも命を落とした方もいます。
そらー、どのくらいの被害になったのか分かりませんけども・・・・あのー、そういうことを、忘れないで、必ず思い出して下さい。

あなたがたが、再稼働とか、妥当とか、凄く簡単な言葉で言ってることっていうのは、多くの人の命に関わることなんです。

あなたがたは、もし、また事故が起きたら、死んで詫びるぐらいの覚悟があるんでしょうか。

国民、多くの国民の命を、天秤に掛けてることをあなたたちは、「妥当」という、漢字2文字ひらがな3文字の簡単な言葉で、決めてしまうの、っていうのは、あなたは、あなたがたはそこに、命を掛けてるんでしょうか。

色々ねぇ、難しいこと考え過ぎなんですよ。
事故は、そりゃあ、今までこれだけ杜撰な体制、でやってきたわけだから、あの対策すれば、今よりは、安全になるでしょう。
ですが、今のところ、100%安全にする技術はありません。もしかして、可能性は低くなるかもしれないけども、いつかやっぱり事故が起こる可能性は残るわけです。っていうことは、起きた時に、なにがどうなるかっていうことを、頭に入れておかなきゃいけないんです。

そういうことを忘れて、経済がどうとか、まあもしかしたら自分の出世とか金持ち、金儲けかもしれませんけども、そういうことばっかり考えて。

事故が起きる可能性はゼロには出来ない。そして起きたら、今起きてるようなこと、そして、もしかしたら、今、今だって収束してないし、あの、まだ、もっと最悪な状況になる可能性だってまだ残っている。そういうことが起こる、起こったらどうなるかっていうことを考えてください。

あなたがたが、簡単に決める、自分は1人で決めてるわけじゃないから、責任取らなくていいと思ってるかもしれないけども、あなたがたがそういうあのー、話し合いだけで決めてしまう、安全性とか、そんなものは、全く意味がないんですよ。

多くの国民の命が関わることなんで、ちゃんと考えて、命を掛けて考えてください。お願いします。

◆◆◆ 以上 ◆◆◆

ひとつやってみたいことがあるんです。

ただ、条件が整わないと意味がないのですが、一番いいのはテレビの生放送。少なくとも、大勢の住民が参加する、瓦礫受け入れの説明会ならいいかな。そこに首長が来たら、こう質問するんです。

「安全なものしか受け入れないんですよね。だったら、もしも、土壌、農産物、畜産物その他あらゆるものに、新たな汚染の拡大が起きたら、責任とって死んでもらえますか?」

そして、誓約書への署名を求めます。

どう答えるでしょうか。

もし、適当なこと言って逃れたとしても、決断する内容の重さを、多少は感じていただけるのではないか、と思うのです。

彼らは、本当は絶対安全とは言えないことを知っているはずなのです。

原発の再稼働もそう。

おそらく、推進派も、まさか今、事故は絶対起こりません、とは言えないと思います。

直接的な関わりを持っていない一般市民だって同じです。再稼働を望む、ということは、東京電力福島第一原発のような事態になる可能性を受け入れること。遠くにいる人なら、近隣の住民へ、その危険性を強いることだということを意識してほしい。

それでも必要なほど、電力は逼迫しているのでしょうか。

それでも必要なほど、経済は原発だけに頼っているのでしょうか。

2012年3月18日 (日)

2012年3月18日。環境省「みんなの力でがれき処理」イベントin川崎

本日、2012年3月18日に、環境省による「みんなの力でがれき処理」を推進するイベントが、神奈川県の川崎駅前にて行われたので行って来ました。

慣れない路線に乗ったら、こんな無駄電気箱を発見。
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モニタで人を監視し、性別、年齢などを機械が判別し、おすすめマークが出るという、大いなる無駄電力、でかい画面の自販機ですねー。
マスクしてたら、安全な水がおすすめされたらいいんですけどねー。

で、川崎でちょっと用事があったのでうろちょろしてたら、案の定迷う。

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こういう、まるで必勝鉢巻の巨大版みたいな不気味な横断幕を見つけてへこむ。

時間があまったので、とっくに設営されていたイベント会場を視察。まるで協力的であるかのような顔をして、写真を撮っていいか訪ねたらOK貰った。

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こんなテントがありまして、被災地の状況の一部が紹介されていて、噂の陸前高田の瓦礫処理している方でしょうか、「絆」という文字を持って写っております。
僕は別にこれを嘘だと言うつもりはありません。でも、他に大きく違う意見があることを紹介しないのは公平じゃないと思います。

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さて、トイレが混んでて困ったり、小雨が降ってきて焦ったりしながら、いよいよイベントの時間。

細野豪志環境大臣を初め、神奈川県知事、川崎市長、相模原市長、横浜市長などなど、関係ある人からない人まで、あと誰か覚えてないんですけど、とにかく次から次へと政治家が出てきては似たようなことを喋るという疲れるイベントでした。

色々な科学知識、というか勉強して反対を訴えているのに、あちらの言うことは、「絆」とか、「協力」とか、感情に訴える内容がほとんどです。これで、反対派の方が感情論って言われるんだから意味わかんない。

壇上でのデモンストレーションとして、宮城県多賀城市の瓦礫を一辺30cm程度の立方体につめてありまして、これを測定するということをしました。まず、ここの空間線量が、0.05~0.06くらいでぇ…瓦礫を測定しても、全く変わりません。という感じ。そんなちょっと持ってきていったい何になるんだ。しかも、どこで取って来たかもわからない。
そんな中、僕のすぐ側にいた方が、RADEXを持っていて、画面には0.1と表示されていました。誤差…ですかね。

さて、内容のないスピーチが次々と行われ、ほぼ終わった段階で、細野大臣が聴衆の中に入り、マイクを使わずに何か話す、という状況になりました。壇上で話した時は、後でみなさんの意見を聴きますのでまずは話を聞いてください、と言っていたが、マイクを使わないので、近くにいる数人しか聴こえないし見えない。どうやらそこで測定デモンストレーションをやっていたようです。

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僕は3mくらい離れたところにいたと思うのですが、全く見えないので、腕を伸ばして動画を撮ってみました。多分真ん中に移ってるのが環境破壊大臣です。あ、違う、環境大臣です。


このように、暇をもてあました細野大臣以外の登壇者が、とても楽しそうに過ごされてました。すぐそばで、自分や家族の命を守ろうと必死に声を上げる人がいるのに、なんたる無防備、無神経。

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いい笑顔です。

そして、テレビに流れるのは↓こっちです。

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今回は突如発覚したイベントらしく、反対運動も急遽呼びかけ、という状態でしたね。僕は、あえてどちらともつかない状態で見たかったので、申し訳ないけどチラシ配りなどには参加せず、いろいろ見て回ってました。

数人、推進側に都合のいいときに盛大に拍手をする人がいて、僕の後ろにも、ごく普通の一般人らしい風貌の方々が3人いたので、気になって見てたら、つまんなそうに後ろを向いていたり、途中で1人抜けて買い物か報酬受け取りかをしにいったようで菓子折りっぽい袋を持って帰ってきたり、環境省の人と気安くコンタクトを取るカメラマンと仲良く話していたりと、どうもサクラっぽかった。突然移動したので後をつけてみると、環境省の巣窟に辿り着き、立つ場所によって、反対派が全くいないという偏った状況であることがわかりました。

僕の印象だと、反対派と環境省関係者が同じくらいの人数いたんじゃないかなー、と思います。あと報道のほかには、少数の賛成派の方々。ほとんど通行人などには届いてないような気がしました。

反対市民の怒号が飛ぶ中、そそくさと、さよなら~

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2012年3月16日 (金)

児玉龍彦氏出演番組より、低線量被曝を遺伝子の専門家からどう見るか、という話。

東北Z 直撃インタビュー・被災地の目線で「児玉龍彦」

東北地方で2/10に放送され、是非全国で放送して欲しいと反響があった番組です。収録は1/14。その番組が、東京では3/7に放送されました。

是非全部見ていただきたいと思って調べたら、既に文字起こしされていましたので、今回僕が特に見て欲しいと思った部分を抜粋し、より詳細に理解できるよう、画像を多めにして構成し直しました。
全編文字起こし&動画は、こちらのブログにございます。→みんな楽しくHappyがいい

今回、上記ブログより骨子を勝手にお借りしましたことをここにご報告いたします。

では、以下、文字起こし。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

出演者

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児玉龍彦(東京大学アイソトープ総合センター長)

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杉尾宗紀(NHK仙台放送局アナウンサー)

※政府やマスコミが嘘をついてたが、最近その嘘にみんなが気付き始めてる…という話題で・・・・・

児玉
「はい、初めはですね、これはあの…放射線に関する議論では、低い線量の放射線は健康に問題がないんですよと」

杉尾
「そういうのもあります…」

児玉
「それで高い線量の場合にはもちろん火傷にもなるし、癌もできるし、だけど低い線量の放射線は問題ないんだという事が、まことしやかに言われて」

杉尾
「あの…一回のレントゲンで受ける線量の何分の1ぐらいですから、ま、すぐに健康に被害が出るというのは考えにくいというような、そういう報道をしていましたよね」

児玉
「ところが、たとえばチェルノブイリでも、低い線量のはずの被曝のところで、4000人も子どもの甲状腺癌が出ている。そういう事が、皆さん今ではご存じになってるし、さらに、いろんな膀胱の障害だとか、その他のものが、これから数10年に渡って生まれてくるであろうという事が、心配されている訳ですね。
特に、癌という問題に関して、今まで言われた低い線量であればDNAは、放射線を受けるとDNAって、切れちゃうわけですよね。これは低い線量でも切れるんです。だけど、切れたものを修復する力というのが、放射線を受けると誘導されてくるから、『問題ないんです』って、言われていたんですね」

杉尾
「切れても、元に戻す、いわゆる復元力があるので、弱い線量だったら問題ありませんよと」

児玉
「ところがこれはですね、ま、一番よくやられたのが、アメリカのオークリッジスタディっていうやつで、何10万匹っていうネズミに放射線をかけて、それを見てった実験があったんです。だたその時は、2万5千のネズミの遺伝子の中の、7つだけを見て修復されているって言ったわけです」

*

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そもそも、放射能はどのようにして癌を引き起こすのでしょうか?

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その仕組みを理解する鍵は遺伝子にあります。

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セシウムやヨウ素といった、放射性物質が出し続ける放射線、これはDNAを傷つけます。

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しかし、DNAは普段、増殖と死滅を繰り返しています。

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傷を負ったDNAは増殖する時自らを殺す仕組みがあるため、通常傷の影響は出ません。

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これが修復です。

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ところが、何らかの理由で修復されず、傷ついたDNAが生き残って、増殖する事があります。

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このようなDNAが癌の原因になるのです。

では、どのくらいの放射線を浴びると癌になるのか、これについては専門家の間で論争になっています。

*

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【11月25日】提供ニコニコ動画
第4回 内閣官房 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ

丹羽太貫 ニワ オオツラ(京都大学名誉教授 / バイオメディクス株式会社社長)

 

※会話の流れを表にしました。縦軸が時間。

丹羽太貫児玉龍彦
「だから、6ベクレルが原因なんだというのはひとつの原因だけをピックアップしていますよね。たまたま、だからその場合は6ベクレルであるのか他のファクターなのか分かんないじゃないですか」  
  「はい、ですから先生のおっしゃっているような…」
「だからそれはそれで、そ、結論付けるのは止めていただきたい」  
  「むしろ、ですけれど、先生の方の結論の付け方が、関係ないという結論だから、
「関係ないじゃなくてそれを、それで非常にリスクがあるとおっしゃるのは、やはり問題であると」 問題だという事を申し上げています。それで、私が…ちょっと聞いて下さい、ちょっと聞いて下さい」

*

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広島長崎の被爆者の調査によれば、年間100ミリシーベルトを超えると、発癌のリスクが明らかに上昇します。

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論争になっているのは100ミリシーベルト以下の被曝です。

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その範囲の被曝では影響が出ないとする説と、影響は少しずつ出るという説とがあり、意見は分かれています。

遺伝子を研究する児玉さんは、低線量被曝にはリスクがあり、少しでもリスクがある以上警戒すべきだとしています。

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その根拠として、一部3重らせんになるDNAの存在など、最新の成果を上げます。


児玉
「私は自分の専門はゲノム科学と、2万5千の遺伝子を全部見るのが専門なんですが、ゲノム科学でチェルノブイリの子どもたちを見た時に、2万5千の遺伝子の中で、染色体の7番の1カ所に、これが修復される時に遺伝子が3つになっちゃう。普通は、お父さんとお母さんから2つなんですけど、それが3つになっちゃうんです。そうすると、その他の2万4900に何もなくても、1カ所修復エラーが起こったら、病気って生まれてしまうんです。これが、癌の元になる」

杉尾
「なるほど…」

児玉
「だから、放射線が当たってすぐに癌がでるっていうんじゃなくて、放射線が当たって、死んじゃうはずの細胞が、生き残った時に、癌が出来てくる。だから、低い線量でも癌を起こすことがあると。それがチェルノブイリでは4000人の子どもに起こったと。それじゃぁ今度日本でどういう事態が起こってしまうかというところが、非常に心配だっていうことです」

杉尾
「それは、今回その3月の事態でですねぇ、まそういう、その放射線で、その・・遺伝子が、ま、損傷してしまった、人・・ま、子どもさんがいたとしてですね、それは、あの~、それがその、あぁ変だなって分かるのって、いつ頃」

児玉
「あのですね、すごく問題なのは、癌って、最初の1個とか2個の時は診断できないんですよ」

杉尾
「あ、そうですねぇ」

児玉
「それで、癌が起こるには細胞に1個遺伝子の変異が入るだけではなしに、今我々は多段階発癌てんですが、癌化するには、2個3個の遺伝子がおかしくなると癌化するという、その2個3個の遺伝子に変異が起こって、どんどん増殖が止まらないもんになると、もう、みるみる大きくなって転移して、そうなって初めて分かる、っていうものですから、ある意味で言ったら、非常に潜在的に怖いものだという事です」

杉尾
「その期間は、どのぐらい何カ月、とかで、こう…」

児玉
「普通はですね、それが大人の場合は、30年ぐらいかかると考えられてる」

杉尾
「は、30年。あの、今回の事態で、その癌が出来るかどうかっていうのは、まだ、今の段階じゃ全然わからないってことですか」

児玉
「はい、それで小児癌だけは早く起こりますから」

杉尾
「えぇ、小児がんの場合はどのぐらい」

児玉
「小児がんの場合は大体10年位で…」

杉尾
「10年くらい」

児玉
「ピークを迎えます」

杉尾「それでも10年ですか」

児玉
「はい」

杉尾
「じゃあ、もう本当に、子どもさんが、たとえば小学生が、もう10年だったら高校生になってたりとか」

児玉
「はい、それでもう一つ非常に難しいのは、色んな遺伝子の変異が色んな処に起こっている場合には、まぁ、ヨウ素の場合は甲状腺に集まるから、甲状腺がんってことで、よく分かりましたが、それ以外の放射線核種の場合は、ある意味でいったら、どこへ起こるかっていう予測が、核種ごとに違いますし、非常に難しいです」

杉尾
「はぁ…えっと今回はセシウムが、多いんですよね」

児玉
「はい」

杉尾
「セシウムってどうなんですか?」

児玉
「セシウムの場合に今一番心配されていますのが、セシウムっていうのは、ま、腎臓からいったん排泄されるんですが、尿細管で再吸収されて、身体をぐるぐる回って、最後はオシッコに出ていくもんで、やっぱり尿路系、膀胱とかなんかの、まぁ増殖性の変化とか癌が一番心配されていますが、果たして今回の事故で、そこが最初に起こるかどうかは誰も、分かっていない。
そうするとですね、ただ待っているというよりは、やっぱりあの、日々の地域医療をきちんとしておく。だから、今度、多分福島で私がすごく大事だと思うのは、地域の医療、特に子どもさんの医療を、徹底的によくして、日頃からいろんな問題に相談に乗ってあげるシステムを作る。これが一番いい、健康被害の予防の手段ではないかと思っています」

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◆◆◆◆◆ 文字起こし以上 ◆◆◆◆◆

しかしこの人は最初に話題になった時からそうだが、避難させろとは決して言わない。

除染には家一軒500万円かかるので、国からの除染費用70万円では全く足りない、高圧洗浄しても無駄だから屋根を剥がせ、など、きびしいことを言うけど、住民が戻され、自ら除染させられている現状をどう見ているのか、気になるところである。
 

2012年3月15日 (木)

「チェルノブイリと地球」より、あとがき「地球がくれたエネルギー」

1996年に出版された広河隆一さんの本「チェルノブイリと地球」を先日読みました。
主に写真で構成されているこの本は、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故から10年間、広河さんが追い続けた原発周辺の住民の様子が写し出されています。

中には既に亡くなってしまった方も多く写っていて、健康被害も含め、こういった方々は、原発事故の影響としてカウントされていないのであろうと想像できます。

さて、内容については、是非実物を御覧いただくとして、とても気になった、あとがきをご紹介したいと思います。

チェルノブイリ原発事故が起き、10年経って、身体への影響や、いくら言われても逃げない人々の生活など、様々なものが見えてきている中、世界ではフランスと日本が原発推進をやめない。一方では、太陽光、太陽熱、風力、コジェネなど、様々なアイデア、技術も進歩している。そういった状況の中で書かれたものです。

決して楽観視はしてなかったであろう広河隆一さんでも、日本でも電力会社以外は原発から脱却する方向だと記しています。それが、現在までほとんど進まず、むしろ原発を増やす方向に動いてきた日本。現実は、ここまで後退してしまったことが、残念だし、悲しい。

改めて反省し、改革の難しさを認識しなおす意味でも、今、この文を読んでいただきたいと思います。

 

◇◇◇◇◇ 以下転載 ◇◇◇◇◇

 

 日本ではいま、電気事業法の規制緩和が進み、電力自由化に拍車がかかっている。日本の電気料金は世界一高いといわれるが、安い電気がなければ外国に経済界が太刀打ちできなくなってきたからだ。ドルが1円高くなるだけで何億という損失を出すぐらいだから、1円でも安い電気がどうしても必要なわけだ。そのためには従来の9電力会社による業界支配を改変する必要がある。原子力発電も一度事故を起こしたら大変なだけでなく、廃棄物処理などに使うお金がとてつもなくかさんでしまう。しかも決定的な方法はまだ見つかっていない。脱原発は電力会社以外の経済界の方向である。だから通産省も、運輸省も、ほかの省庁も、積極的に新しいエネルギーを開発し、育てる方向に進んでいるのだ。

 巨大地震を経験したあと、人々の危機感は強く、原発の絶対安全神話がもろくも崩れるのを目の当たりにした。活断層が敦賀原発の下を通っていることは、常識であり、しかも分かっていない活断層は無数にある。そもそも日本のような地震国に原発を造ることなど、外国の人間には考えも及ばないことなのだ。

 神戸の地震で遠方からの送電線が切断されたあと、反省が生まれ、遠くの巨大発電所に頼るのではなく、電気を需要する場所で、小規模の発電をする施設の必要性が痛感された。

 自然エネルギーは、日本では規制が多くて実用化が遅れているが、通産省傘下のNEDOの発表では、日本における風力発電適地は国土の23%にのぼるという。5千か所に設置すると、100万キロワット/時クラスの巨大原発25基分に相当する電力がまかなえるという。また運輸省の研究では、日本の海岸線で波力発電所を設置すると、1メートルの海岸線で、4~5軒の家の電気がまかなえるという。

 そして「もんじゅ」の事故である。あれで、日本の核産業が、いかに秘密主義をとってきたか、露呈してしまった。怒りは、かつてから不信感を持っていた人々よりも、今まで原子力産業側が絶対安全といっていたことを信じてきた、自治体のほうから激しくふきでた。

 この事故で日本のプルトニウム利用政策が挫折した。

 そしていま、自然エネルギーの開発が、想像以上に進んでいることを知っていただけたと思う。それが日本に根づかなかったのは、電力会社が説明したような、コストの問題ではなく(それをいえば、原発はコスト計算が不可能なほど高くつくはずだ)、むしろ原発に依拠する電力会社が、さまざまな規制をしいて、脱原発の方向を閉ざそうとしていたからだった。

 日経サイエンスによると、全国の70%の家に太陽電池をつけると、全国の発電量の78%に達する。エネルギー問題に詳しい藤田祐幸慶応大学助教授は、「28万キロワット/時を目指す高速増殖炉『もんじゅ』の建設費は6000億円。その金で20万戸に太陽電池を取り付けられる。これで60万キロワット/時が可能。さらに『もんじゅ』には、廃棄物処理の膨大な費用が含まれていない。これでも太陽電池が高いからだめだといえるだろうか」と原子力発電開発に疑問をなげかける。

 さらに一つの問題がある。日本の電気需要は、本当に原発が必要なほどの量なのだろうかということだ。じつは原発以外の発電施設で、1年の95%は事足りているのだ。真夏の1~2週間だけ、原発の電力が必要になる。しかしそれも1日中必要なわけではない。昼前後の数時間だけの話だ。とすると原発以外の発電施設で、1年の95%もの電気はまかなえるということになる。それでは残りの5%はどうするか。これを太陽電池や、風力発電や、コジェネでまかなえば、完全に原子力発電はいらなくなる。

 しかしもっともたいせつなのは、大量の電気消費に依存する社会を作り上げてきたことに対する反省ではないだろうか。

2012年3月13日 (火)

『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(4/4)

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シュプレヒコール「裁判所はー被爆者のー声を聞けー」

日本では、306人の被爆者が、原爆症の認定を求め、集団訴訟を起こしました。先頭に立つ甲斐さんは、原爆投下直後の広島に軍の命令で入った、残留放射線の被爆者です。

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【名古屋地裁 2007年1月】

2007年、名古屋地方裁判所で、甲斐さんは国を相手に勝訴しました。

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甲斐「いや本当に、皆様方のおかげです。本当にありがとうございました!これからも頑張って行きます」
※認められなかった仲間がいる。

*

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【2008年4月】

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集団訴訟で敗訴が続いた国は、2008年、審査の方針の改正に追い込まれました。残留放射線で被曝した入市被爆者にも原爆症認定の道が開かれました。

*

【南生協病院 名古屋市 2008年6月】

甲斐さんは、裁判の疲れが出たのか、めまいがして倒れるなど、体調を崩しました。

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その病室に、原爆症の認定書が届きました。

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申請から11年。提訴から、5年が経っていました。

*

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【国側が裁判所に提出した書面】

一方、控訴した国との審議は続いていました。

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甲斐さんの原爆症を認定した国が、法廷では残留放射線の影響を否定し続けました。

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甲斐「要するに、日本もアメリカも同じな、同じ立場なんですよ。やることは。・・・同じ立場なんですよ、私の言いたいことは」

国は、認定はあくまで救済が目的であり、残留放射線の影響を公式に認めたわけではないとしています。

アメリカの核実験に対する補償、日本の原爆症認定。その構図は、同じです。

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【広島で被爆した 甲斐 昭さん(83歳)】

甲斐「本当にね、日本がね、被爆国だと言うてね、国があるんやったらね、我々のような、私のように、寝たきりの人間こんなんなるんですよと。被爆したらばこういう体になるんですよと、これが被爆なんですよというのを、本当に、全、日本、世界に、示すのが、日本の国の役目ですよ」

しかし、その被爆国日本は、甲斐さんの原爆症を認めながら、残留放射線の影響を、未だ否定しています。

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【舛添 元厚生労働大臣への取材申込書】

認定書を交付した、舛添元厚生労働大臣に理由を問いましたが、取材を拒否されました。

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【舛添 要一 元厚生労働大臣】

安藤「名古屋テレビの安藤です。前にも…」

舛添「ちょっと今、時間がない」

安藤「あ、ちょっとですねー・・・あの認定書を交付した原告の残留放射線の影響を最後まで否定されたのは法廷で、なぜなのかその点教えていただけないでしょうか?」

舛添「そ、それ、きちんと、あの…」

安藤「質問状も出してるんですけれど」

舛添「そうですか、はい、ちょっと…」
(行ってしまう)

*

【広島市 2009年8月6日】

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【麻生 太郎 総理大臣(当時)】

2009年の原爆の日。当時の麻生総理大臣は、原爆症認定集団訴訟の終結に向け、控訴を取り下げると、政治的判断を下し、原告団と合意を交わしました。

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ニュース映像

麻生「(原告団と)合意に至ったということは、まことに喜ばしいことと思っております。早期に、救済するという、新たな方針を決断したものです」

アナウンサー「政府は、集団訴訟の原告306人のうち、一審で勝訴した人は、原爆症と認定し、敗訴した人に対しても…」

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甲斐さんの勝訴が確定しました。

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しかし、総理から謝罪の言葉がなかったことに、納得がいきませんでした。

甲斐さん「ほりゃお前14万、十何万もらえるやないかって言われりゃそれまでかもしらんけど、謝って欲しい実際は」

*

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【フランスの核実験】

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【イギリスの核実験】

核実験を行ってきた、フランスやイギリスなどでも、実験に参加させられた兵士や市民らが、原爆症の認定を求めて、やはり裁判を起こしています。

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【名古屋大学 2009年12月】

イギリスから兵士側の弁護士が、広島・長崎の残留放射線について、新しい情報を求めて、日本を訪れました。

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【イギリスの弁護士 ニール・サンプソンさん】

サンプソン「イギリス政府は誰も(核実験で)被ばくした者はいないという立場。我々は間違っていると言っている。イギリスの核実験に参加した兵士は被ばくし、その結果として病気になった」

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【旧ソ連の核実験】

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【アメリカの核実験】

世界で行われた核実験は、2000回以上。大気中の実験はおよそ530回。世界に、死の灰による、残留放射線の被爆者がいます。核兵器を保有する国は、その存在から目を逸らそうとしています。

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甲斐「国は今まで何をしとったんだっということなんです・・・・・国は何にも認めておらんのです。ま、国が、日本の国が認めないから、世界も認めないんですよ」

*

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原爆症の認定に使われた計算書は、原子力発電所などで使われる国際的な安全基準の元となっています。2002年版に改正されましたが、死の灰などのデータは、盛り込まれていません。

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【旧ソ連の核実験】

今、広島の科学者が中心となって、旧ソ連の核実験場で、死の灰の測定が進められています。また広島では、黒い雨の、再調査が行われています。人体に与える放射能の影響を、より詳しく調べるためです。

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その広島に、甲斐さんは、秋になったらもう一度行きたいと、思っていました。でも、めまいや心臓の動悸が酷く、願いは叶いませんでした。

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今なお、甲斐さんは、残留放射線の影響を認めない国を、許せません。

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甲斐「本当にこの、核の怖さというものは・・・・・知らん、知らんですもん。・・・私はいつも言うんですよ本当に、あなた、あなたたちは知らんでしょ、と。そりゃ元気にこう歩、ま、杖突いてでも歩けますからねぇ、みなさんはさ、いいと思ってるけども、本当に発作が起こったときには、わーもうこりゃ死ぬんじゃなかろうかと思いますよ」

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甲斐「本当に私の人生なくしたんです。私の人生がですね、本当になくなったんです。・・・・・本当にもう・・・・・・・・・・もう、原爆に遭うておらなければ、こうして寝込んでもないし・・・・・・もう元気になりたいですよ。本当に・・・・・」

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被爆国・日本は、もう二度と、世界に残留放射線の被曝者を作らせないでほしい。甲斐さんの願いです。

 

原爆はまだ、昔話ではありません。

 

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◆ ◆ 終わり ◆ ◆

2012年3月 9日 (金)

『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(3/4)

原爆投下から65年、2010年、広島の平和記念式典に、アメリカの駐日大使が初めて出席しました。

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【ジョン・ルース駐日米大使】

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【広島平和記念式典 2010年】

「黙祷」

原爆加害国のアメリカにも、残留放射線の被曝者がいます。

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【アメリカの核実験】

アメリカは、臨海前の実験を含めると1000回を超える核実験を行い、そのうち、215回は大気中でした。冷戦下、ネバダの核実験場では、きのこ雲の下、兵士達の訓練が繰り返されていました。

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【全米被ばく退役軍人協会 代表 RJ・リッターさん(73歳)】

海軍の兵士だった、RJ・リッターさんは、1955年~56年の実験に参加しました。

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リッター「高いレベルの放射能が残る爆心地に兵士を進めた目的は、兵士に何が起きるかを確認し、核戦争に備えるためだった」

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【軍の宣伝フィルム】

これは、実験場での兵士の訓練の様子を紹介する、軍の宣伝フィルムです。まず上官が兵士を集め、訓練の安全性を説明しています。

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上官「放射線の半分は爆発から1秒で放出。残りの半分が89秒間に放出されつくす。地上での放射線による危険は、爆発から90秒で終わる」

上官が話しているのは、初期放射線のことです。残留放射線は無視されています。

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爆心地から2~3km離れた塹壕で爆発を待っていた兵士達は、立ち上ったきのこ雲に向かって突入させられました。

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リッター「ソビエトとの冷戦下、核実験に関する全てが軍事機密。起きたこと全てを話せなかった。後に病気になっても、医師にも家族にも言えなかった。1993年にようやくアメリカ政府は機密扱いを解いたが、被ばくした兵士はすでに30万人死んでいた。秘密を墓まで持っていった」

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全米被ばく退役軍人協会によると、大気中の核実験に参加した兵士は、およそ52万人です。

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【アメリカ ユタ州】

核実験の爆発で生じた死の灰は、乾いた風に乗り、広い範囲に運ばれました。実験場からおよそ200km離れた、ユタ州のセントジョージ市は、死の灰の汚染地域です。

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【クラウディア・ピーターソンさん(55歳)】

市内に住む、クラウディア・ピーターソンさんは、幼い頃見たきのこ雲を覚えていました。

ピーターソン「実験場は山のむこう。実験を見るには最高の場所。赤くなって炎があがって、きのこ雲が立ち上がった。家族が実験を子供に見せようと連れて来た。小さな街だが多くの人がこぞって見に来た。(実験を)見損なっちゃいけないと思っていた。安全だと言われていた」

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山の向こうに、ネバダの核実験場はあります。町には実験場から飛んできた塵が、白い雪のように積もったと言います。

ピーターソン「私の父は脳腫瘍で死亡。私の姉は皮膚がんで36歳の時、6人の幼い子どもを残して死亡。私の末娘は白血病で死亡」

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ピーターソン「被爆者もネバダの核実験のヒバクシャも、私たちは消耗品扱いなの」

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【ピーターソンさんの亡くなった姉】

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【亡くなった末娘】

家族や友人が、がんや白血病に侵され、次々と亡くなっていき、ピーターソンさんらは、実験の影響を疑い始めました。しかし政府は、死の灰による残留放射線の影響を認めませんでした。ようやく補償法が出来たのは、1990年です。

ピーターソン「長い間、政府は実験の影響を否定し続けた。アメリカ政府を起訴したグループもいたが、裁判は政府にとって都合の良い理屈で負けた。政府は国を守るために核兵器が必要だとし、責任を取ろうとしなかった。数年後、いくつかのがんを認め始めた」

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ピーターソン「亡くなった家族は、私たちに幸せで健康であってほしいと願っている。醜い悪を世界からなくすことを望んでいるに違いない。家族を失って悲しい」

*

ピーターソンさんは、核兵器の廃絶を訴える、平和運動に参加しています。

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【ジャネット・ゴードンさん(71歳)】

同じ町に住む仲間の、ジャネット・ゴードンさんは、兄をすい臓がんで亡くしました。

ゴードン「私の兄はまだ19歳の時、脱毛し、とても驚いていた。まだ19歳だった兄は、髪の毛が抜けるのが嫌だった。5年後、兄はすい臓がんになり、数年後に死んだ。長年かかって苦しんで死んだ。痛ましかった」

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ゴードン「政府が裏切った」

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ゴードン「私と兄は仲が良かった。すぐ上の兄なの」

*

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【退役軍人・・・7万5千ドル 汚染地域の住民・・・5万ドル(特定のがんに限り補償)】

アメリカ政府は、特定のがんに限り、兵士や市民に補償をしていますが、病気と放射線の因果関係を認めたわけではないというのが、公式の見解です。

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【広島大学名誉教授 葉佐井博巳さん】

葉佐井「アメリカは、核兵器を使おうとしているわけですから、それはねぇ、いつまでも残りますゆうようなことを言いませんよ。そんな兵器使ったら大事(おおごと)だよな。世の中ひっくり返りますよ。だから残留放射能なんかないんですよと、言わざるを得んじゃないですか」

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原爆放射線を第一線で研究してきた、広島大学の名誉教授、葉佐井博巳さんは、アメリカのロスアラモス国立研究所を、1981年から度々、共同研究のために訪れています。研究所は、かつて原爆を開発したところです。葉佐井さんは、広島・長崎の初期放射線量を計算したDS86には、核兵器を開発する側の思惑が影を落としていると指摘します。

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葉佐井「でこれは、ほぼアメリカの言う通りですよ。アメリカが、初めてスーパーコンピューター使うて、計算で出したわけだから、でそれで、これでいいですか?という日本の実験屋に聴いたら、まあそんなもんでしょうということで、合意してしもうた。ほとんど、残留放射線は問題にしてないんですよ」

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アメリカが知りたかったのは、兵器として、瞬時に殺傷力を持つ放射線のデータだったと、葉佐井さんは言います。

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実験では、初期放射線の威力などを確かめるために、動物実験が行われました。

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その、核の傘に守られる道を、日米安全保障条約の下、日本は選択してきました。

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【佐藤栄作 総理大臣(当時)】 【岐阜市 1968年】

佐藤「わが国の、懸命なる先輩諸君が、選んだ道、それが日米安全保障体制。そうして、過去20数年間、繁栄、安全、平和のうちの繁栄の路を歩んできた。これは歴史的な実証であります」

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【非核三原則】

核兵器を、持たず、作らず、持ち込ませず、という非核三原則を1968年に打ち出した、佐藤栄作総理大臣は、その裏側で、アメリカから核の傘の提供を約束させ、核密約を結んでいます。

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【核密約に関する外交文書】

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【中国の核実験】

隣の国の核実験が、日本にとって脅威となっていました。

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【名古屋大学大学院 特任教授 春名幹男さん】

春名「64年に中国が、核実験やるわけですねぇ。でー、その後、その当時の総理大臣の佐藤栄作さんはですねぇ、えー中国が持ったんであれば、日本も持たないといけないと、いうことをアメリカ側に言うわけですねぇ。それで結局はその、核の傘をアメリカから提供されるという形で落ち着くわけですが、やはりその、中国が核兵器を開発したということが、1つの大きい転機になっているわけですねぇ。それで日本が、えーアメリカの核の傘に依存すると」

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【元国防長官 ジェームズ・シュレジンジャーさん】

シュレジンジャー元国防長官は、常に日本政府は、強い核抑止力をアメリカに求めてきたと言います。

シュレジンジャー「日本政府は公式に核の傘の堅持をくり返し求めてきた。ソ連が崩壊する変化はあったが、中国が核兵器を保有しているので、日本政府は懸念している」

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核の傘に入った、日本政府が、アメリカの核実験に厳しく抗議したことはありません。

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葉佐井「よう言わんじゃない。だって、それは核実験してもらわにゃ困る。抑止力があるって。アメリカの核の下におるから。そうすると核を安全に使うてもらわにゃいけんから、実験してもらわにゃいけん。当たり前ですよ」

◆続く◆

2012年3月 7日 (水)

『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(2/4)

実は、1950年代に、残留放射線による内部被曝の調査が必要だと、指摘されていたのです。

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【広島市】

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【玉垣医院 院長 玉垣秀也さん】

広島市で医院を開く、玉垣秀也医師は、原爆が投下された時、県外にいて無事でしたが、妹が被爆しました。

玉垣「妹はねぇ、あの、丁度、この広島の市役所の近くでねぇ、小学校で、当時あれだったかな、保険社の仕事かなんかでね、出てきたの。そこでやられたんですよ。だから、市役所の地下室の中にねぇ、2日ぐらい寝てた。ぎっちり、詰まってるの。で、たまたま知った人が見つけてくれて、連絡をして、でこっちから荷車でもってってね、積んで帰ったらしいですよ」

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【広島市役所(爆心地から約1km)】

広島市役所は、爆心地からおよそ1km。1km以内で被爆した人の多くが死亡しています。玉垣さんの妹は、初期放射線で、急性症状を引き起こしたと見られます。

玉垣「脱毛から、それであの、便は下痢便になりますね。それから顎からの出血とか髪の毛は完全に抜けちゃってね。いうような状態でしたねぇ」

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【原爆傷害調査委員会】

そうした、被爆者の医学的なデータを集めるために、アメリカは、1947年に、広島・長崎に、原爆傷害調査委員会を設けました。

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広島の委員会で働いていた玉垣さんは、1950年代、爆発の後に市内に入った、入市被爆者の急性症状を調べています。

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玉垣「おそらくそのー、原爆後入市した人たちの中で、そのー病気が出た人にね、放射線で受けたと同じような症状が出た人があるという、そういう風な、あの例が、おそらく本部の方に伝わったんじゃないかと思いますよ。だから調べてみようかっていうことになったんじゃないですかねぇ」

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【原爆傷害調査委員会による入市被爆者の調査結果】

委員会は、8月6日から10日までに市内に入った、消防団長や医師など、1700人に質問状を送りました。

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そのうち、314人から、何らかの症状があったという返事を得ています。

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さらに、玉垣さんは聞き取り調査を行い、脱毛などの症例を報告しました。

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玉垣「症状は、まあ、妹が受けた症状とおんなじような症状が出たって言われればねぇ私ゃ、ちょっとやっぱりねぇ、そりゃ放射線のせいに違いないと思うし」

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【原爆傷害調査委員会 統計部長の報告書】

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委員会の統計部長は、放射能を帯びた埃を吸った内部被曝で急性症状が引き起こされた可能性を指摘。本国アメリカの上部組織に調査の継続を訴えています。

*

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【オークリッジ国立研究所 アメリカ テネシー州 ノックスビル市】

テネシー州に、かつて原爆開発のために極秘に建てられた、オークリッジ国立研究所があります。統計部長の足取りを追っていくと、研究所の科学者に辿り着きました。

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【立ち入り禁止】

今も研究所には、厳重な警備体制がしかれています。

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安藤ディレクター「外観を撮影するのは自由だと言われた」

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【オークリッジ国立研究所 元局長 ジョン・オークシャーさん】

統計部長が入市被爆者の調査結果を持って訪ねたのは、研究所の科学者だった、ジョン・オークシャーさんです。オークシャーさんは、調査を継続する必要性はないと、否定的でした。

オークシャー「戦後は同じような症状を引き起こすものがたくさんあった。特に医師や消防士には。良い質問だが、答えはすでに出ている。医学調査は現在まで続いている。残留放射線については行われていない。なぜなら残留放射線は問題外。影響は全くないから」

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【ネバダ核実験場 1957年】

オークシャーさんは、1956年から1962年まで、アメリカが極秘に行った「ICHIBAN(いちばん)計画」の責任者でした。

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【ICHIBAN(いちばん) 1956年~1962年】

"ICHIBAN"は、日本語の"いちばん"です。これは、軍の核実験を利用して、広島の初期放射線の量を推定するために実行されたプロジェクトでした。

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【広島の初期放射線量を推定】

オークシャー「日本の経験をいかし、被ばく線量と影響との関係についてわかれば、放射線を扱う作業者の安全を守るために制限を設けることができると考えた。放射線の安全基準の基を作ろうと考えた」

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【ネバダ核実験場】

ネバダの核実験場には、今なお、ICHIBAN計画の跡が残されています。

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1962年に行われた最後の実験では、大気中の核実験が出来なくなったため、高さ500mの鉄塔に原子炉をつけて放射線を出しました。

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【ICHIBANに使われた日本家屋】

そして、日本家屋を建て、家がどれだけ放射線を遮るかを詳しく調べました。
しかし、死の灰などからの残留放射線を調べるには、広島とネバダでは、気象条件などが違い過ぎました。

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オークシャー「呼吸や飲食による内部被ばくも詳しく調べた。食べ物は無かったので実際は呼吸によるものだったが、呼吸による内部被ばくの線量は非常に低い」

乾燥したネバダでは、黒い雨は降らず、広島の死の灰に繋がるような結果も得られていません。にも関わらず、入市被爆者の調査は打ち切られ、今日に至ってます。

*

【ニューヨーク・タイムズ(1945年9月13日)】

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【広島の廃虚に放射能はない】

実は、広島の残留放射線の影響は、アメリカ軍によっていち早く否定されていたのです。

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【名古屋大学大学院 特任教授 春名 幹男さん】

日米関係に詳しい、名古屋大学大学院の特任教授、春名幹男さんは、原爆投下の正当性を主張するためだったと言います。

春名「非人道的だとか、色んなことを言われたくない。ともかく、その、広島に落とした、広島と長崎に落とした原爆というのは人道的だったというのが、今でもアメリカの公式のヒストリーなんですよ」

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【日本軍による真珠湾攻撃(1941年)】

日本が始めた戦争を早く終わらせた原爆は、多くの人命を救った、というのがアメリカの立場です。

一方日本政府は、広島の原爆投下2日後の8月8日の日付で、アメリカ政府に対し、非人道的な兵器の使用に激しく抗議。

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【日本政府による抗議文(1945年8月8日)】

赤十字国際委員会にも訴えています。
「交戦者、非交戦者別なく、無差別に殺傷。国際法を無視。非人道的兵器の使用を放棄すべき」

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*

 

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【物理学者 仁科 芳雄さん】

大本営の要請を受けた、物理学者の仁科芳雄さんを初め、大学や軍の調査団が次々と広島に入り、被害の実態を調べました。

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仁科さんが採取した砂は、今なお、貴重な研究材料となっています。

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医学的な調査も行われました。

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軍の報告書には、8月6日に爆心地付近に入った人の白血球の数が、通常7000~8000に対し、2300~5000に減少したと、残留放射線の影響を記しています。

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【ニューヨーク・タイムズ(1945年8月25日)】

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【広島の復興作業員が様々な病気になったり健康を害している】

日本のラジオが、広島の復興作業をする者が、様々な病気になったり健康を害していることを伝えているとニューヨーク・タイムズが記事にしました。

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原爆の開発計画の総責任者は、レスリー・グローブス将軍でした。

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記事に困惑した将軍が、オークリッジ国立研究所の医師にかけた、通話記録が残っています。

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健康そうな広島の復興作業員の白血球数が通常7000~8000のところ、3800に減少。

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このことは同情を引き、我々にとっては傷、ダメージになる。

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【グローブス将軍 ファーレル准将】

将軍の片腕、ファーレル准将は、調査団長として日本に乗り込みました。

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そして、9月6日と12日に、東京で会見を開き、残留放射線の影響を完全に否定。

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【ハリー・トルーマン大統領】

さらにアメリカ政府は、原爆被害の報道を封じました。

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春名幹男「広島・長崎で、相当残酷なことになったわけですけれども、やはり人道的だったというね、えー、公式の歴史を作らなければならないので、ま残留放射能についても、あのー出来るだけ否定したかったんじゃないかと思います」

*

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【核実験トリニティの報告書(1945年7月)】

グローブス将軍が日本の情報に危惧したのは、逆に死の灰の危険を既に知っていたからだと思われます。

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原爆投下前の世界初の核実験で、軍は、死の灰から出た残留放射線の量を測定。

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【空気中に(大量の)死の灰が漂っている】

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【(砂漠地帯に)深刻な健康被害を及ぼす死の灰】

そして、空気中や砂漠地帯に大量の死の灰が漂い、深刻な健康被害を与えるだけの残留放射線が検出されたと報告しています。

*

アメリカで核政策を推し進めているのは、エネルギー省です。

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【アメリカ メリーランド州 タコマパーク】

クリントン政権で、エネルギー省長官の上級政策顧問を務めた、ロバート・アルバレスさんを訪ねました。

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【エネルギー省長官 元上級政策顧問 ロバート・アルバレスさん】

アルバレス「冷戦下の政策を練っていた軍や官僚は、1940年代、50年代、60年代、その後においても、死の灰が危険で、いずれ人々を冒すことを認識していた」

アルバレスさんは、核兵器を開発する組織の、隠蔽体質を指摘しました。

アルバレス「特に核に関する科学の分野は軍と密接な関係にあり金も潤沢に使えた。科学者は軍のための存在になっていた。この組織では、リーダーが『死の灰の危険は無い』と言えば、グループの考えとなり、公的な見解となる。逆らう物は経歴を失い孤立させられる」

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広島の残留放射線の影響を否定したアメリカは、自分の国の兵士や市民をも、その危険にさらしたのです。

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◆続く◆

2012年3月 6日 (火)

『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(1/4)

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【原爆投下 1945年8月】

1945年8月、アメリカが、広島・長崎に投下した、原子爆弾。

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死の灰、黒い雨による、残留放射線の影響を、日本は否定し続けてきました。

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当時、海軍の兵士だった、甲斐 昭さんは、原爆が落とされた直後の広島に、救援活動などで駆けつけました。

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【広島で被爆した 甲斐 昭さん(83歳)】

甲斐「被爆したならば、こういう体になるんですよと、これが被爆なんですよというのを本当に、全、日本、世界に、示すのが、日本の国の役目ですよ」

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原爆の爆発の後に市内に入った甲斐さんは、入市被爆者と呼ばれ、被爆者健康手帳を持っています。

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にもかかわらず、国は、甲斐さんがほとんど被曝していないと言います。

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【死の灰】

入市被爆者を待っていたのは、死の灰。残留放射線でした。

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【佐藤 栄作 総理大臣】

佐藤「わが国の、懸命なる先輩諸君が、選んだ道。これが日米安全保障体制」

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【元国防長官 ジェームズ・シュレジンジャーさん】

シュレジンジャー「日本政府は公式に核の傘の堅持をくり返し求めてきた」

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【核の傘】

日本は、原爆を投下したアメリカの、核の傘の下にあります。

そのアメリカにも、核実験による残留放射線の被爆者がいます。

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軍は、兵士をきのこ雲に突入させる訓練を、繰り返し行いました。

原爆を落としたアメリカ。被爆国の日本。共に、残留放射線の影響を、認めていません。

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【ヒバクコク ~切り捨てられた残留放射線~】

*

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【広島で被爆した 甲斐 昭さん(83歳)】

甲斐「ようあの8月6日に入ったなと、私にいつも言われますよ。うん、本当私は8月6日に入ったんですから。嘘も何にもない。8月6日の8時15分 の第1課業が始まった時…始まろうとした時に、ピカッー!と光ったんですから。そして、あれから、30分くらいしてから分隊長から、今から広島の方に救援 に行くというので、トラックに乗って、20名がトラックに乗って行ったんです」

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【名古屋駅 2005年】

甲斐さんは、愛知県知多市に住んでいます。
原爆投下から60年目の、2005年、広島に向かいました。

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自分が被爆した道を、初めて辿りなおしてみることにしたのです。

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【広島に原爆投下 1945年8月6日】

アメリカが広島に原爆を投下したのは、1945年8月6日午前8時15分。

当時18歳だった甲斐さんは、海軍の潜航艇に乗るため、広島県の当時の大野村で訓練を受けていました。

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大野村は、爆心地からおよそ20km離れています。原爆の放射線の影響が、全く無いところです。

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【広島市 西区(当時の己斐駅)】

広島市の西のはずれ、かつての己斐(こい)駅まで軍のトラックで到着したのは、午前11時頃だったと、甲斐さんは記憶しています。

市内の道路は瓦礫で塞がれていたため、トラックが入れず、電車道を歩きました。街は、なおも燃えていました。

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目指していたのは、繁華街にあった銀行です。騒動に紛れて金が盗まれないよう、警備を命じられていたのです。

落とされたのが、原爆だとは知りませんでした。

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広島は、一瞬にして廃墟と化しました。

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その年の暮れまでに、14万人が亡くなったとされています。


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銀行は、原爆ドームの先でした。

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【被爆者が描いた絵】

橋が焼け付くような暑さで渡れず、甲斐さんたちは川底を歩き、流れてくる遺体の中から、まだ息のある人を引き上げる作業を行いました。

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【甲斐さんが警備を命じられた銀行付近】

ようやく銀行に辿り着いたのは、日没頃でした。

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8月6日の、甲斐さんが辿った道です。
原爆の影響のない、およそ20km離れた村から、爆心地目指してひたすら突き進んだことになります。

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【広島に投下された原爆】

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【初期放射線 原爆から直接出る】

原爆の爆発から1分以内に出た放射線を、初期放射線と言います。

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【残留放射線 初期放射線を受けた地面、建物などから出る】

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【残留放射線 「黒い雨」「死の灰」など放射性降下物から出る】

初期放射線を受けた、地面や建物、そして、黒い雨、死の灰と呼ばれる、放射性降下物から、残留放射線が出ました。

爆発の後に駆けつけた甲斐さんは、初期放射線を浴びていません。残留放射線の被曝者です。
しばらくして、身体に様々な異変が現れました。

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甲斐「歯ぐきから血が出る。それからもう…、こうに毛が抜けるねこうやれば、毛がぼろぼろぼろぼろ毛が抜ける、なんやこれなんでこんな毛が抜けるんじゃろうかな、としか思わんですよ。もう、被爆で、被爆したから歯から血がね、歯ぐきから血が出る、脱毛するわ、物が食べられんわ、何をする下痢はする、するなんていうことは、初めはわからんです、我々は」

 

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【放射線による急性症状 脱毛・歯ぐきからの出血・下痢・白血球数の減少など】

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脱毛・歯ぐきからの出血・下痢・白血球数の減少などは、初期放射線を浴びた人たちに生じた、急性症状と、同じ症状です。

*

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【南生協病院 名古屋市 緑区】

甲斐さんは、戦後、病院と縁が切れたことはありません。

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【入市被爆者】

原爆の爆発の後に広島市に入った甲斐さんは、入市被爆者と呼ばれています。

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甲斐さんは、戦後、甲状腺の悪性リンパ種などで、13回の手術を繰り返し、53歳の時、甲状腺の右半分を摘出しました。言葉が少し聞きづらいのは、手術の後遺症です。

*

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【愛知県 知多市】

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甲斐さんは、1人で暮らしています。生まれ故郷は福井市ですが、戦後、病気で定職につけず、各地を転々としてきました。1997年、甲状腺を摘出した後の症状で、原爆症の認定を申請しました。認定されると、月およそ14万円の医療特別手当を支給されます。

【医療特別手当 月額 約14万円】

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【国からの却下通知】

しかし、国から返ってきたのは、病気が原爆の放射線によるものだとは認められないとする、却下の通知でした。

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当時、認定の審査会は、残留放射線による原爆症を、認めていませんでした。

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甲斐「60年間、私たち被爆者を、今まで苦しめてきました。まだ、厚生省は、我々被爆者を苦しめるのか!」

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【2003年 原爆症認定を求め国を提訴】

甲斐さんは、2003年に、原爆症の認定を求めて、入市被爆者として初めて国を提訴。被爆者306人による、集団訴訟が始まりました。

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【名古屋地裁】

裁判では、甲斐さんが経験した脱毛などを、放射線による急性症状とみなすかが、大きな争点となりました。

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【国側が裁判所に提出した書面】

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国は、残留放射線を浴びた量、被曝線量は少なく、急性症状は起こりえないとし、甲斐さんの症状は、不衛生な環境による感染症、もしくはストレスによるものだと主張しました。

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【広島大学 原爆放射線医科学研究所 元所長 鎌田(かまだ)七男さん】

鎌田「じゃそういう事実があったのか、ですよ。赤痢ちゅうんだったら赤痢があったんかって。それこそ厚生労働省にそういう書面残ってるわけじゃないの、軍隊に残ってるわけじゃないの。そんなこと1つもないでしょ、書いてないでしょ?」

鎌田七男さんは、広島大学原爆放射線医科学研究所の所長でした。しかし、集団訴訟が起きるまで、入市被爆者の原爆症について顧みたことがありませんでした。

鎌田「入市っていう、概念も、科学者の中にはそういう視野に入ってなかったということはもう、明確に言えますねぇ。で、その視野を持ってなかったというのは、科学者の怠慢というか、ま、そういう風に、言われても、私はその言葉に甘んじます。でも、でも、それ以後は、これはしっかりやらないといけないなという、事を、今も信じてやってます」

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【陸軍による医学調査の報告書】

鎌田さんは、原爆投下直後に、日本の科学者や軍が広島で行った調査を、見直しました。

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【爆心地から五百メートル圏内に入った者に、白血球減少症(二三〇〇~五〇〇〇)】

そこには、8月6日に、爆心地から500m圏内に入った人の白血球の数が、通常7000~8000のところ、2300~5000に減少したと書かれていました。

鎌田「入市被爆者に、放射線の、被曝があったということは、当時の軍隊の資料から見て、明らかだと、いうことなんだ白血球の減少がある。強いからね。うん」

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鎌田さんは、白血病を発症した、およそ3900人の被爆者の記録から、入市被爆者白血病の染色体を調べなおしました。

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【入市被爆者白血病患者の染色体】

この患者は、8月6日に爆心地から1.8kmの地点に入っています。

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○で囲った染色体に異常が見られました。

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1番から3番は、2本の染色体が並ぶ、正常な形です。

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放射線は染色体を切断します。点のように見えるのは、ちぎれた染色体の部分。4番の染色体は切断されています。

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8月6日に入った入市被爆者に、白血病の増加が見られたことから、残留放射線の影響が強かったという結果を、鎌田さんは得ました。

鎌田「残留放射線はないよっていう、その科学的な常識が、ずーっとあったわけですよ。私もその中の1人としてそれを信じておったわけですよ。でも、一旦そのこれはおかしいっていうふうに気が付いて、あれやらこれやらこう見ていくと、腑に落ちないところがいっぱいいっぱい出てくるわけですよ」

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【被爆者が描いた絵】

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残留放射線を出す、黒い雨を飲んだり、死の灰を吸い込むと、内部被曝の原因となりました。裁判で甲斐さんの側は、脱毛などの症状は、深刻な内部被曝によるものだと主張しました。

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【被ばく線量評価システム DS86】

一方、残留放射線の影響はほとんどなしとする国の拠り所は、被爆者が浴びた初期放射線の量を計算した、DS86でした。日米の科学者が1987年に公表しました。

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残留放射線は計算していないと但し書きがされ、死の灰による内部被曝をこれで推し量ることは出来ません。

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【被爆者代表から要望を聞く会 広島市 2006年】

しかし、国は、原爆症の認定審査に、DS86を使う正当性をこう主張しています。

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【厚生労働省 健康局長(当時)中島正治さん】

中島「審査会が用いております、被ばく線量の評価システム、につきましては、国際的にも認められたものでございまして、また放射線と疾病の因果関係につきましても、国際的に広く認められた知見、というようなものを元に審査を行っていただいてるところでございます。ま、このように、原爆症の認定につきましては、私どもとして、科学的に適正に行っていると、いう認識を持っておりまして、現在このあり方については、この方法以外にないのではないかという風に考えているところでございます」

甲斐さんは、そんな国の有り方が納得できませんでした。

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甲斐「被爆したならば、こういう風になるんだよ、と。一生続くんだよと・・・・・・・・放射能をね、放射能をですね、1回浴びるか吸う、身体の中に内部被曝なればこうなるんだよと、ゆうことをね、研究してもらったならばですね、本当に、やって欲しいです、ほしいです、私は」

◆続く◆

2012年3月 4日 (日)

『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし、予告

次回記事より、2011年12月26日、テレビ朝日で放送された、「ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~」を紹介します。

これは、2010年5月28日に放送された名古屋テレビの番組「隠された被爆 ~残留放射線の闇~」の再校正版です。ディレクターの安藤則子さんのコメントをまず以下に転載します。

被爆国に問う ~切り捨てられた残留放射線~

 

「原爆投下後の広島や長崎に、救援活動や家族を探すために入った人の中にも、原爆症で亡くなった人がいる。」被爆者の証言集には、そうした実話が収められています。だから、原爆の放射線はじわじわと長く人を傷つけるものだと、私は思ってきました。ところが、原爆症認定集団訴訟の取材を通して、国が全く逆の考え方をしてきたことを知りました。爆発から1分以降の残留放射線に影響はないとして原爆症の申請を却下し、法廷では、被爆者を指して「ほとんど被曝していない」とまで主張しました。
この発言には驚き、内心、怒りを感じました。被爆者の証言の中に真実を探す姿勢が、国になかったからです。

残留放射線の影響を公式に否定したのは、原爆を開発したアメリカです。アメリカは、原爆投下前に残留放射線のリスクを知りながら、自国の兵士や市民をも核実験で被ばくさせました。そして、その核の傘の下に日本はあります。

今回、否定の裏側を知りたくて、アメリカを取材しました。アメリカでは、元国防長官から核実験を随行した科学者にいたるまで、カメラの前での証言を拒みませんでした。ところが日本では、前厚生労働大臣、官僚、国側の科学者の全てが「多忙」を理由に取材を拒否。私の力不足ではありますが、忸怩たる思いでいます。

原爆症認定集団訴訟は、被爆者側の全面勝訴で幕をおろそうとしています。訴訟は、60年余りの時を経て、残留放射線の問題をよみがえらせました。その影響を認める新しい発見もなされています。しかし、まだ残留放射線の多くが未解明です。「国は今まで何をしていたのだ」と被爆者が番組の終わりで怒ります。「日本が認めないから世界が認めない」核実験による残留放射線の被ばく者は、世界にいます。その影響を明らかにしていくことは、被爆国の被爆国たる役割ではないのでしょうか。

(以上)



原発と原爆を絡めて話すことを否定される方もおられますが、これを見ると、低線量被曝の人体への影響を頑なに認めない学者や行政の問題が、世界的に存在し、核兵器と切り離せない事情であることがわかります。

戦後ずっと闘ってこられた方々がいます。我々の闘いは、始まったばかりです。

なお、音声で「ひばく」と言っている場合に、「被爆」と「被曝」のどちらか判断が難しい箇所がいくつかありました。自分なりに考えて選択しましたが、間違っているかもしれません。さらに、字幕では「被曝」は「被ばく」となっていますので、あらかじめご了承ください。

それでは、次回より、少しずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。

街路樹の異変 2012年2月 パート2

今回は、さらさらと、様々なパターンをお見せします。
うちの近所にも、こんなのあるなぁ…なんていう方もいらっしゃるかもしれません。

例によって、放射能汚染との因果関係は不明です。
しかし、今まで見なかったような異様な光景であることは確かです。
そして、今も進行しています。

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縦に長く"ひび"が入っています。
このように綺麗にひびだけが入っているものはめずらしく、以降に示すように、皮がぶかぶかになったり剥がれたりします。この写真のものも、おそらくそのように今後なっていくのではないかと思います。

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ひび、そしてぶかぶか、で、ぼこぼこ…

Pt2_03

こちはら実は既に切り倒されています。写真の下の辺あたりギリギリに切り口があります。
切られてから、皮がぶかぶかになっていき、隙間と根元からキノコが生えてきました。
日当たりのいい、道沿い、でございます。
解かりづらい写真ですみませんが、皮のぶかぶかっぷりもなんとなくわかっていただけるでしょうか。

※クリックで大きくなります
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こちらも皮が少しだぶついてる感じですが、それよりも根元から多数の枝が出てきているのが気になります。既に切り落とされたものも見られますが、めげずにどんどん出てきています。幹そのものも変形しているのではないかと思います。

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こうして、腐ったように剥けてしまったり…

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中から何かが盛り上がって破られるかのようになっていたり…

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ひび、から穴があき、中は中で変形し、皮もそれに馴染みかけてるのか。
さらに下の方から枝が複数顔を出しています。

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これは割れ目が酷いですね。ひびを中から押し広げた感じに見えます。
真ん中の割れ目の中に黒く見える、丸い穴は、例のひこばえ、太い枝が急に生えたものの後です。自然に落ちたのか、誰かが抜いたのかわかりません。にょきにょき出てきたと思ったら数日後に枯れているものも見られるので、そういった跡かもしれません。

Pt2_09

これまた酷く割れてます。昔からこんななのかと思うくらい古びた丸みを帯びていますが、他の木の様子から見ると、やはりこれも新たに起きた異変ではないかと思われます。
割れ目の一番奥の上方を見ると、枝を切り落とした跡が見られます。急激に枝が伸び、落とされ、そこから下が割れ、割れ目の切り口が盛り上がり、塞いできている、という急激な変化をした結果のようです。木って、そんなに動きませんよね。普通。

Pt2_10

これも奇妙なのですが、割れ目の変化形なのか、中に腐ったような芯が見られます。1本の幹が、2本に分かれたような幹事になっています。このようなものも、各所で見られます。予備軍のように、割れ目はないけど、2本の幹を束ねたような盛り上がりを見せるものもあります。

Pt2_11

こちらも、まるで、寄り添って立つ2本の木のようでが、紛れも無く1本の木です。

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