最近のトラックバック

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

« 『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(1/4) | トップページ | 『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(3/4) »

2012年3月 7日 (水)

『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(2/4)

実は、1950年代に、残留放射線による内部被曝の調査が必要だと、指摘されていたのです。

Hbkkk3_01
【広島市】

Hbkkk047
【玉垣医院 院長 玉垣秀也さん】

広島市で医院を開く、玉垣秀也医師は、原爆が投下された時、県外にいて無事でしたが、妹が被爆しました。

玉垣「妹はねぇ、あの、丁度、この広島の市役所の近くでねぇ、小学校で、当時あれだったかな、保険社の仕事かなんかでね、出てきたの。そこでやられたんですよ。だから、市役所の地下室の中にねぇ、2日ぐらい寝てた。ぎっちり、詰まってるの。で、たまたま知った人が見つけてくれて、連絡をして、でこっちから荷車でもってってね、積んで帰ったらしいですよ」

Hbkkk048
【広島市役所(爆心地から約1km)】

広島市役所は、爆心地からおよそ1km。1km以内で被爆した人の多くが死亡しています。玉垣さんの妹は、初期放射線で、急性症状を引き起こしたと見られます。

玉垣「脱毛から、それであの、便は下痢便になりますね。それから顎からの出血とか髪の毛は完全に抜けちゃってね。いうような状態でしたねぇ」

Hbkkk049
【原爆傷害調査委員会】

そうした、被爆者の医学的なデータを集めるために、アメリカは、1947年に、広島・長崎に、原爆傷害調査委員会を設けました。

Hbkkk050

広島の委員会で働いていた玉垣さんは、1950年代、爆発の後に市内に入った、入市被爆者の急性症状を調べています。

Hbkkk051

玉垣「おそらくそのー、原爆後入市した人たちの中で、そのー病気が出た人にね、放射線で受けたと同じような症状が出た人があるという、そういう風な、あの例が、おそらく本部の方に伝わったんじゃないかと思いますよ。だから調べてみようかっていうことになったんじゃないですかねぇ」

Hbkkk052
【原爆傷害調査委員会による入市被爆者の調査結果】

委員会は、8月6日から10日までに市内に入った、消防団長や医師など、1700人に質問状を送りました。

Hbkkk053

Hbkkk054

そのうち、314人から、何らかの症状があったという返事を得ています。

Hbkkk055

さらに、玉垣さんは聞き取り調査を行い、脱毛などの症例を報告しました。

Hbkkk3_02

玉垣「症状は、まあ、妹が受けた症状とおんなじような症状が出たって言われればねぇ私ゃ、ちょっとやっぱりねぇ、そりゃ放射線のせいに違いないと思うし」

Hbkkk056
【原爆傷害調査委員会 統計部長の報告書】

Hbkkk057

Hbkkk058 

委員会の統計部長は、放射能を帯びた埃を吸った内部被曝で急性症状が引き起こされた可能性を指摘。本国アメリカの上部組織に調査の継続を訴えています。

*

Hbkkk059_3
【オークリッジ国立研究所 アメリカ テネシー州 ノックスビル市】

テネシー州に、かつて原爆開発のために極秘に建てられた、オークリッジ国立研究所があります。統計部長の足取りを追っていくと、研究所の科学者に辿り着きました。

Hbkkk060
【立ち入り禁止】

今も研究所には、厳重な警備体制がしかれています。

Hbkkk061

安藤ディレクター「外観を撮影するのは自由だと言われた」

Hbkkk062
【オークリッジ国立研究所 元局長 ジョン・オークシャーさん】

統計部長が入市被爆者の調査結果を持って訪ねたのは、研究所の科学者だった、ジョン・オークシャーさんです。オークシャーさんは、調査を継続する必要性はないと、否定的でした。

オークシャー「戦後は同じような症状を引き起こすものがたくさんあった。特に医師や消防士には。良い質問だが、答えはすでに出ている。医学調査は現在まで続いている。残留放射線については行われていない。なぜなら残留放射線は問題外。影響は全くないから」

Hbkkk063
【ネバダ核実験場 1957年】

オークシャーさんは、1956年から1962年まで、アメリカが極秘に行った「ICHIBAN(いちばん)計画」の責任者でした。

Hbkkk064
【ICHIBAN(いちばん) 1956年~1962年】

"ICHIBAN"は、日本語の"いちばん"です。これは、軍の核実験を利用して、広島の初期放射線の量を推定するために実行されたプロジェクトでした。

Hbkkk065
【広島の初期放射線量を推定】

オークシャー「日本の経験をいかし、被ばく線量と影響との関係についてわかれば、放射線を扱う作業者の安全を守るために制限を設けることができると考えた。放射線の安全基準の基を作ろうと考えた」

Hbkkk066
【ネバダ核実験場】

ネバダの核実験場には、今なお、ICHIBAN計画の跡が残されています。

Hbkkk067

1962年に行われた最後の実験では、大気中の核実験が出来なくなったため、高さ500mの鉄塔に原子炉をつけて放射線を出しました。

Hbkkk068
【ICHIBANに使われた日本家屋】

そして、日本家屋を建て、家がどれだけ放射線を遮るかを詳しく調べました。
しかし、死の灰などからの残留放射線を調べるには、広島とネバダでは、気象条件などが違い過ぎました。

Hbkkk3_03

オークシャー「呼吸や飲食による内部被ばくも詳しく調べた。食べ物は無かったので実際は呼吸によるものだったが、呼吸による内部被ばくの線量は非常に低い」

乾燥したネバダでは、黒い雨は降らず、広島の死の灰に繋がるような結果も得られていません。にも関わらず、入市被爆者の調査は打ち切られ、今日に至ってます。

*

【ニューヨーク・タイムズ(1945年9月13日)】

Hbkkk069
【広島の廃虚に放射能はない】

実は、広島の残留放射線の影響は、アメリカ軍によっていち早く否定されていたのです。

Hbkkk070
【名古屋大学大学院 特任教授 春名 幹男さん】

日米関係に詳しい、名古屋大学大学院の特任教授、春名幹男さんは、原爆投下の正当性を主張するためだったと言います。

春名「非人道的だとか、色んなことを言われたくない。ともかく、その、広島に落とした、広島と長崎に落とした原爆というのは人道的だったというのが、今でもアメリカの公式のヒストリーなんですよ」

Hbkkk071
【日本軍による真珠湾攻撃(1941年)】

日本が始めた戦争を早く終わらせた原爆は、多くの人命を救った、というのがアメリカの立場です。

一方日本政府は、広島の原爆投下2日後の8月8日の日付で、アメリカ政府に対し、非人道的な兵器の使用に激しく抗議。

Hbkkk072
【日本政府による抗議文(1945年8月8日)】

赤十字国際委員会にも訴えています。
「交戦者、非交戦者別なく、無差別に殺傷。国際法を無視。非人道的兵器の使用を放棄すべき」

Hbkkk3_04

 

*

 

Hbkkk073
【物理学者 仁科 芳雄さん】

大本営の要請を受けた、物理学者の仁科芳雄さんを初め、大学や軍の調査団が次々と広島に入り、被害の実態を調べました。

Hbkkk074

仁科さんが採取した砂は、今なお、貴重な研究材料となっています。

Hbkkk075

医学的な調査も行われました。

Hbkkk3_05

Hbkkk3_06

軍の報告書には、8月6日に爆心地付近に入った人の白血球の数が、通常7000~8000に対し、2300~5000に減少したと、残留放射線の影響を記しています。

Hbkkk3_07
【ニューヨーク・タイムズ(1945年8月25日)】

Hbkkk3_08
【広島の復興作業員が様々な病気になったり健康を害している】

日本のラジオが、広島の復興作業をする者が、様々な病気になったり健康を害していることを伝えているとニューヨーク・タイムズが記事にしました。

Hbkkk076

原爆の開発計画の総責任者は、レスリー・グローブス将軍でした。

Hbkkk077  

記事に困惑した将軍が、オークリッジ国立研究所の医師にかけた、通話記録が残っています。

Hbkkk078

健康そうな広島の復興作業員の白血球数が通常7000~8000のところ、3800に減少。

Hbkkk079

このことは同情を引き、我々にとっては傷、ダメージになる。

Hbkkk080
【グローブス将軍 ファーレル准将】

将軍の片腕、ファーレル准将は、調査団長として日本に乗り込みました。

Hbkkk081

そして、9月6日と12日に、東京で会見を開き、残留放射線の影響を完全に否定。

Hbkkk082
【ハリー・トルーマン大統領】

さらにアメリカ政府は、原爆被害の報道を封じました。

Hbkkk3_09

春名幹男「広島・長崎で、相当残酷なことになったわけですけれども、やはり人道的だったというね、えー、公式の歴史を作らなければならないので、ま残留放射能についても、あのー出来るだけ否定したかったんじゃないかと思います」

*

Hbkkk083
【核実験トリニティの報告書(1945年7月)】

グローブス将軍が日本の情報に危惧したのは、逆に死の灰の危険を既に知っていたからだと思われます。

Hbkkk084

原爆投下前の世界初の核実験で、軍は、死の灰から出た残留放射線の量を測定。

Hbkkk085
【空気中に(大量の)死の灰が漂っている】

Hbkkk086
【(砂漠地帯に)深刻な健康被害を及ぼす死の灰】

そして、空気中や砂漠地帯に大量の死の灰が漂い、深刻な健康被害を与えるだけの残留放射線が検出されたと報告しています。

*

アメリカで核政策を推し進めているのは、エネルギー省です。

Hbkkk3_10
【アメリカ メリーランド州 タコマパーク】

クリントン政権で、エネルギー省長官の上級政策顧問を務めた、ロバート・アルバレスさんを訪ねました。

Hbkkk087
【エネルギー省長官 元上級政策顧問 ロバート・アルバレスさん】

アルバレス「冷戦下の政策を練っていた軍や官僚は、1940年代、50年代、60年代、その後においても、死の灰が危険で、いずれ人々を冒すことを認識していた」

アルバレスさんは、核兵器を開発する組織の、隠蔽体質を指摘しました。

アルバレス「特に核に関する科学の分野は軍と密接な関係にあり金も潤沢に使えた。科学者は軍のための存在になっていた。この組織では、リーダーが『死の灰の危険は無い』と言えば、グループの考えとなり、公的な見解となる。逆らう物は経歴を失い孤立させられる」

Hbkkk3_12

広島の残留放射線の影響を否定したアメリカは、自分の国の兵士や市民をも、その危険にさらしたのです。

Hbkkk088

◆続く◆

« 『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(1/4) | トップページ | 『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(3/4) »

文字起こし」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1118639/44401042

この記事へのトラックバック一覧です: 『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(2/4):

« 『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(1/4) | トップページ | 『ヒバクコク~切り捨てられた残留放射線~』 文字起こし(3/4) »